真備の悲劇、今思うこと。 #真備 #防災 #水害 #地域ブログ

真備の悲劇、今思うこと。 #真備 #防災 #水害 #地域ブログ
こんばんは。
2018年のあの日、一夜の豪雨で51人の真備町にいた方々が亡くなりました。
編集長の私は、あの日を境に人生のターニングポイントを迎え、前より異なる厳しい環境下で毎日を送る日々を95日間、休むことなく、働きアリのように動きました。
空白で絶望の80日間をまた違う環境下で苦しみ、今、また新たな道を歩もうとしている、編集長の私がいます。
 
今回、真備の悲劇から半年経過する真備を見ながら、編集長の私でもできることをお伝えしようと存じます。
 


久々に真備へ行きました

昨年のクリスマス前、真備の悲劇直後の活動で知り合った方々の紹介で、久々に真備町へ行って参りました。
訪問したのは、氾濫した高梁川からほど近くにある真備町川辺地区。
実際に編集長の私が支援活動に参加した地区のひとつです。
昼以降に真備で何かイベントがあるらしく、強引な誘いに上手に断れず、そのまま誘った方々に連れられ、イベント会場入り。
夜に花火が上がるサプライズがあったので、思わず写真をパシャり。
夏遅れの花火を見て、今年の締めくくりのイベントとして、幕を下ろしました。
 

真備での活動は年内限り?

実際のところ、倉敷市災害ボランティアセンターはまだあります。
しかし、民間ベースの災害ボランティア活動をしている民間団体はかなり少ないです。
編集長の私が体を使って、真備の活動をしたのは、昨年のハロウィン前。
それ以降、他の団体さんが残って活動を続けているらしいです。
これは編集長の私の憶測ですが、もしかしたら、時間と共に見えない戦を続けられない団体がかなり多いのが、世の中の当たり前かもしれません。
それ以降、基本的に被災者が努力して再建しなければなりません。
ただ、それをサポートする民間団体は、そこまでいない可能性があるかもしれません。
東日本大震災から7年半経過しても、未だに元の姿に戻らず、衰退を辿っている街が少なからずあります。
こんな街達を放置するのは、本当に良いのでしょうか。
そんな活動した程度で地域の方々を救うことができたとはっきり証言できるのでしょうか。
被災地から元の姿に戻すためには、不可逆的かつ、地域復興させる責任を持てる民間団体だからこそ、民間団体や自治体が本気にならないのではないでしょうか。
個人の再建には必ず限度があるはずです。
思いを届かず、また苦しんでる被災者がいるのではないでしょうか。
きっと、必ずいるかと思います。
他人も助けようとする精神だからこそ、真の支援者になれると編集長の私はそう考えます。
 


2019年になって思うこと

2019年になり、悲劇が起こる前の日々に戻りつつある、編集長の私。
未だ真備を思う心は変わることはありません。
実際に真備の情報が流れるごとで、あの悲劇を思い出すんです。
あの視察した真夏の昼間。
本当に忘れられない、あの日のことです。
しかし、真備の今を知るためには、実際にどうすれば良いのでしょうか。
本当に真備は復興に進んでいるのでしょうか。
情報の裏には、見えない真実が隠されているかもしれません。
まだ計画中ですが、真備の現状・岡山県の今を伝えるカテゴリーを拙サイトに掲載する予定です。
岡山県に生まれ育ち、実際にサイト運営しているにもかかわらず、被災地での活動を経験と知識が更にもったいないと純粋に感じます。
ざおログを通じて、しっかりと情報発信し、一人でも多くの被災地の今を伝えることができたらと思います。
 

真備以外も伝えたい

実は私、九州で起きた大地震の被災地、熊本県熊本市・南阿蘇村へ訪問したことがあります。
災害発生から1年後に行きましたが、あの頃の風景は本当に忘れられない記憶です。
またお金と時間があれば、再び熊本へ訪れ、熊本の今をレポートしたり、東日本大震災で故郷を離れる決断した方々が多かった福島県の今も伝えたらと思います。
今動けるうちに、今伝えたいことを純粋に伝えることを頑張っていきたい所存です。
 


今後はどうあるべきか

今後、被災地はどうなるでしょうか。
流石に素人でもこれから先どうなっていくのかは、不安で仕方がないと思います。
でも、完全に元の街に戻るには、最低でも2~3年は続きます。
その2~3年の間に、これまで駆けつけてくれた全国の支援者が徐々に被災地をあとにし、最終的に県内の方々で何とかしなければなりません。
自治体も同じことだと思います。
災害が起きたことで、風評被害がかすかでも残っていることが考えられます。
特に観光スポットが多いところは、比較的早い段階で回復します。
しかし、観光スポット全体の復旧具合を見れば、まだまだ時間がかかることは確かなことです。
『 復興 』というパワーワードは、時間との闘いを頑張る『 誓いの言葉 』だと純粋に思います。
 

まとめ

真備の悲劇からまもまく半年。
未だにボランティアが必要な地域があることは確かなことです。
以前は何千軒に及ぶボランティアが必要な被災者の家庭があったものの、今は10分の1まで減少しています。
近いうち、災害ボランティアセンターの閉所も近いでしょう。
しかし、真備を思いやる心。
災害の怖さを次の世代に語り継ぐことが何よりも大事であり、重要なことではないでしょうか。
日本国内での伝達も必要ですが、世界にもこのような悲劇があったことを伝えていくのも今の若い世代がになってくるのではないでしょうか。
平成最後の大規模水害の被災地・真備町。
今なお、険しい復興を歩んでいる毎日が続いています。
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!( *• ̀ω•́ )b

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